2016年5月16日月曜日

第2回白山ろく里山ミーティング

5/11(19:00~)は、白山ろく里山ミーティングの第二回に参加してきました。

今回の話題提供者は、石川県立白山ろく民俗資料館山口一男館長。
「出作りの魅力と苦労」をテーマに、白山ろく(主に白峰地区)での出作り文化や当時の暮らしぶりについてお話しいただきました。

出作りとは、、、普段済む場所から離れた土地に行って、山の中等で地理的に耕作に適した良い場所(水や日当たりetc)に家を建てて、農耕する生活。白山ろくでは、白峰、尾口、吉野谷(中宮の一部)で行われていたようですが、食糧自給がメインな目的だけではなく、白峰だけは産業としての役割があったようです。
「産業としての出作り」と「食糧自給としての出作り」。

白峰地区は、木材(スギ板の産地)、ヒノキ傘、養蚕、麻など、自然の恵みから物を生産し、豊かになり、人口が増加するという、好循環な営みを続けていたようです。
特に養蚕は、当時中国からの絹織物が輸入禁止になった際に、平地では農閑期とカイコの育成期が重なったり桑を植える土地がなくて難しかったことから、山間部の白峰で発展したそうです。
また、白峰は豪雪地帯だった事が功を奏して、雪で桑の木が曲がることで桑の葉集めがしやすくてカイコを栽培しやすく、また冬は家に籠るので織物(絹、麻)も盛んになったとか。
※夏に討伐し、冬の雪を修羅代わりに木を川へ運び、野々市まで流して運搬したというお話もされていました。

「地理的な恵みだけでなく、自然とそこで育まれた技術を生かし、商品生産とその流通網を持っていたことが、白峰の好循環と発展の源となった」というこのようです。



その後、前回と同様に、ワールドカフェ方式に(25分を3セット)、議題は、「出作りで白山ろくを元気にするには?」でした。今回は、各4名で6グループ。

山口館長のお話を伺うのは、個人的には、焼き畑体験、栃のみ割り、橘先生の講演など、これまでに何度かありましたが、グループワーク等で直接色々なお考えを議論できる機会はとても貴重な機会でした。

出作りは、産業革命以降の燃料構造の変化、38豪雪による出作り小屋の倒壊、公共事業に雇用が流れたことなどによる、時代の流れと共に無くなっていった文化。実際に現代に復活させることは逆行しているようにも感じますし、イベントとしてならばともなく、日々の営みの中に再度取り入れることは難しいでしょう。しかし、出作りという生活スタイルの一つから繋がり、垣間見ることができる当時の暮らしぶり・生き抜く知恵。
その息遣いをどのように現代の生活にも活かせるのか(何を学びとれるのか)、イベントとして現存する出作り小屋や温泉旅館を使って開催してみないか、など各グループ、色々な議論があったようです。

我々のグループでは、「嘘やお膳立てするイベントではなく、本物の息遣いを学ぶイベントができないか」という議論がありましたが、一方で、「今それをやると人が集まらなくてイベントにならない」、例えば本物の出作り体験を始めても3日とモタナイ、出作り小屋の隣にコンビニが必要である(笑)など、屈託のない意見交換がありました。

前回の里山ミーテイングでは本物を作ってブランド化・ブランド力を高めることを軸とした議論が展開されていたように思いますが、実際の地域を維持・継承して行く上では、イベントだけでは支えきれず、根幹を再構築する政策(人員の充填配置など)も必要となってくるのかもしれません。

今回の特になるほどなと思ったワードは、
・商品の価値は変わる!手を変え品を変え、外に売り続ける工夫が必要である。
・卸して売ることと、作って売ることは、意味が全然違う。


これまでにも増して、新たな視点と思考の課題を得たミーテイングでした。


西村俊


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